サンソン回想録――フランス革命を生きた死刑執行人の物語

統計により異説あり) 彼は死刑執行人という仕事が嫌で嫌で仕方がありませんでした。

果たしていったい、彼はどのような人物だったのでしょうか? そして、 『サンソン回想録』とは、いったいどのような本なのでしょうか? 1.シャルル-アンリ・サンソンとは? まずは彼について簡単にご紹介しましょう。 父の跡を継ぎ、家業として死刑執行人を務めているシャルルだが、医師でもある彼は罪人に対して慈悲の心を捨てきれない。

サンソン回想録――フランス革命を生きた死刑執行人の物語

その演技は高い評価を受けた。

筋金入りですね。

アンリ・サンソン

後にルイ十五世の公式寵姫になるデュ・バリー夫人も付き合った女性の一人です。 彼ら一族は、なぜか自分が刑罰を執行した罪人の治療を行っていたそうです。 とにかく、サンソンという人間がいたということが日本でなるべく広く知られるようになることを私は願っています。

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引き取り手がない刑死人の解剖を行うことによって人体の構造を知り尽くすことができたということもあり、医学に関する高い水準の知見を有していたのです。

History chapter1

死刑執行人であるサンソンは、医者という別の顔を持ち副業で医者をしていたといいます。 そんな刑罰を執行するのが仕事だったサンソン家が人々に恐れられ嫌われたのは、当然だったでしょう。 ちなみに、『サンソン家回顧録(回想録)』のフランス語原題はMemoires des Sansonです。

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安達 今回『サンソン回想録』の表紙に登場するサンソン像は後に刊行された本の挿絵です。 バルザック版の『サンソン回想録』に話を戻します。

シャルル=アンリ・サンソン

普通の医者が匙を投げたような患者を快癒させるなど、腕は非常によく、評判を伝え聞いた宮廷貴族も診察を受けにきまし た。 一橋大学にて歴史学を研究したのち出版業界に就職。 またサンソンの父を演じる榎木孝明、重厚な役創り、2幕ではロベスピエールも演じる。

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でも、その後、一族の歴史を六巻の本にまとめ、一族の名誉のために奮闘したわけですから、結局はサンソン家の大功労者になりました。 だから、一般の人たちからは忌み嫌われていても、世話になった人たちからは敬意を受けていた。

シャルル=アンリ・サンソン

ジャイロ推しは全員この本を読むべき。 彼らは人々に避けられため学校に通えず、病気になっても医師に診てもらうことができなかったのです。

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彼の願いは生前叶えられることはありませんでしたが、 彼の孫の時代、6代目サンソンの時代にフランスは死刑制度を廃止しました。 彼の名はシャルル=アンリ・サンソン。

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この『サンソン家回顧録』には一冊物の簡約英訳版が存在し、現在、それを元に一部を原典から追加で訳出してオリジナル資料を付したものが、大阪大学の 西川秀和さんの個人出版によって上下巻分冊で日本語訳が進められています。

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(1)死刑制度に反対していた いきなり出オチのような話ですが、サンソンは、 死刑執行人でありながら、生涯を通して死刑制度に強く反対していました。 そのギヨティーヌが訛ってギロチンと呼ばれるようになりました。

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そこでシャルル=アンリは、「死刑を斬首のみにするならば、 死刑囚の体を固定し、刑の執行が確実に行われる手段を見出す必要がある」という意見書を提出し、これがきっかけでギロチンが開発されることになったのです。 冒頭で述べた通り、『サンソン回想録』は、各種全集・選集などにも入っていない、 本邦初訳の幻の作品でもあります。 虐殺は5日間続き、千数百人の犠牲者が出ました。

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公務とはいえ、そして、世の中のためだと自分自身を納得させようと努めていたとはいえ、人を殺めることに内心の嫌悪感を禁じ得なかったサンソン家の人々にとって、医業で人の命を救うのは何ものにも代えがたい慰めになっていたのである。

シャルル=アンリ・サンソン

サンソンは唯一の死刑執行人、ゆえに人々から忌み嫌われるが、彼は自分の仕事にプライドがあった。

斬首の場合、首切り人の腕が未熟だったら一撃で死ぬことができず、苦しみのたうち回って目も当てられないホラーな最期を遂げることも多かったのです。 世界史において、エポックメイキングな出来事であるフランス革命、時代の波に飲み込まれながらも人間として気高く生きた人々、その顛末、翻って現代、根本は変わらない。