豊岡鞄(豊岡かばん)|かばんの館

。 2018. 多くのつくり手たちが鞄業界へはばたきました。

次世代のつくり手を養成 豊岡市や兵庫県鞄工業組合の協力の下、豊岡まちづくり株式会社が、鞄のエキスパートを養成する専門校「Toyooka Kaban Artisan School トヨオカ カバン アルチザン スクール 」を運営しています。

鞄の街 豊岡の歴史

また奥田平治の片腕として働いていた植村賢輔は鞄生産へ自信を持ち、まもなく皮革製品に着目した箱型鞄の製造を開始。 これが豊岡から鞄として売り出した最初のものであるといわれています。

19 新商品企画書2点掲載いたしました。 この3本革バンド締めの柳行李は、外観はトランクと同じでしたが、トランクと呼ばれずに柳行李と呼ばれていました。

鞄の街 豊岡の歴史

江戸時代には、豊岡藩の独占取扱品として、柳こうりの生産が盛んになりました。

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ものづくりに磨きをかける、国内最大の鞄産地の歩みとは? 鞄づくりの成り立ち 712年の「古事記」に新羅王子とされる天日槍命(アメノヒボコ)によって、柳細工の技術が伝えられたと書かれています。

豊岡製鞄特集

一枚の革からバッグとポーチ、ウォレット等の小物も自由な組み合わせでフルオーダーする事も出来ます。 1473年の「応仁記」には、柳行李が商品として盛んに売買されていた記述があり、おそらくこの時期から、地場産業として家内手工業的な杞柳産業が発展したことが予想されます。

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日本四大鞄産地の一つ、兵庫県豊岡市。 当社では、必要に応じて企画の段階からも対応させていただきます。

鞄の街 豊岡の歴史

革鞄製造がはじまり、日本最大の産地へ 明治後期に登場した携帯に便利な鞄型、バスケット型の小型篭の多くは輸出されました。

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豊岡から大阪を経由して全国にその販路が出来上がり、幕末には、流通・販売機構も整い、全国的名声を築きました。

かばん、バッグの製造・販売は豊岡の平野株式会社

1668年、京極伊勢守高盛が丹後国から豊岡に移封され、柳の栽培並びに製造販売に力を注ぎ、土地の産業として奨励したのが始まりです。 1881年第2回内国勧業博覧会に2尺3寸(約70cm)入子、3本革バンド締めの「行李鞄」を創作出品しています。

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コラボレーションにおいてもデザインやマーケティング、生産手段などを ご提案し、御社とのシナジー効果をより高いレベルで実現します。

エンドー鞄|鞄の街 豊岡で創業1824(文政7)年|鞄・バッグの卸・製造・販売

兵庫県鞄工業組合の登録商標です。

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ブランドコンセプト「豊岡で育まれ ものづくりの長い歴史と職人の技術が生んだ 優れた鞄を消費者に安心して使って頂く」を掲げ展開。

かばん、バッグの製造・販売は豊岡の平野株式会社

豊岡鞄の製造企業は、必ず兵庫県鞄工業組合員であり、ブランドコンセプトを守るというマニフェストに署名・捺印して企業として宣誓すること、そしてその製品が豊岡鞄認定審査を受けて合格することです。 06 新商品企画書3点掲載いたしました。

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昭和28年、従来のスーツケースの胴枠を改造し、外型崩れ防止にピアノ線を使用した鞄が生まれました。