京都市電(12) 東山線

ご覧のように軌道の形がくっきりと浮かび上がっており、右下ではレール本体も露出していた。 家庭裁判所の奥に、糺ノ森 ただすのもり が広がっています。

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とりわけ今回写真付きで紹介したそのうち2ヶ所は、現役施設や主要道路の路面に平然と残されているものであり、撤去されずに残ってきたのはもはや奇跡だと言ってもよい。 七条線 七条内浜-七条烏丸 開業 道路拡築 並 電気鉄道敷設事業 延長 [ ] (大正6年)• 京都市電に初の車内広告が登場。

京都市電

廃止年月日:1978年(昭和53年)10月1日• この時に販売されたレールというのは、どうやら上の写真で発掘されたレールのことのようである。 2006年11月には、「今出川通の交通まちづくりとLRT検討協議会」が設置されることが決まり、地元学区・商店街・・叡山電鉄・京福電気鉄道・などの多数の関係者が参加して一年後に「京都・今出川通りにLRT実現を推進する会」として発足した。 の一般営業用のとなった。

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京都に日本初の電車が開業した背景には、国内に先駆けて(世界でも2番目ともいう)水力発電が行われたことが挙げられる。

【廃線跡】車庫跡に埋まる京都市電のレール

) - 稲荷電停跡 - かつて京都駅より南下して途中で京阪へ向かう線(伏見線)と別れ、東進しての近くに至っていた「稲荷線」の終点だった場所に残っているもので、地図で示すと丁度以下のピンの位置になる。 東山通の清水寺や祇園へ行く観光客でいつも賑わっていました。 千本大宮線 四条大宮-七条大宮 開業• 今回新たに露出した部分の拡大。

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京都家庭裁判所の旧庁舎です。 9月24日 中立売線 府庁前 - 堀川下立売 - 堀川中立売間が延伸開業し、中立売線全線開業。

京都市電河原町線 路線図

このは、東山七条から東大路・九条通を時計回りで東寺に向かいます。 19号系統• 伏見線 塩小路-京都駅前 河原町線編入 1929年(昭和4年)• 開設年月日:1912年(明治45年)1月4日• 概要 [ ] (明治28年)、民間企業である により第1期区間が開業。 9 まずは、京都駅の写真からご覧ください。

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貨物引込線 棒鼻-深草集荷場 開業• 今出川線 大宮今出川 - 烏丸今出川開業。 しかし急速な経済成長にともなう自動車の急増によるモータリゼーションの発展,人工のドーナツ化など,路面交通にも都市化の波が押し寄せ,年々厳しさを増しました。

京都市電(12) 東山線

1つは、電のを取り上げたウェブサイトで最も有名なサイトの一つにも、何か関連する内容が書かれていないか見てみたところ、以下のページで関連する記述を見つけた。 乗客も増え(昭和38年)には一日平均564,488人の利用があった。 沿線で一番心に残る風景です。

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京都市交通局および監督官庁所蔵の資料では京都電気鉄道からのすべての引き継ぎ車両は引き継ぎされた1918年(大正7年)が製造年の欄に記されており、製造メーカーも最終増備分ののみが記されている。 ここから、京都駅に急ぎ、余り好きではなかった新幹線の客になり、業務出張の旅に戻りました。

京都市電河原町線 路線図

疏水運河西側 - 南禅寺橋間• 所属系統• (昭和51年)• 管理士会の事務所が、JR京都駅の北、西洞院花屋町に あります。

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3月6日 京都市会において、明治39年度より8ヶ年計画で総額約1,038万円とし、その財源を外債とする「道路拡張・電気鉄道建設予算」が電気鉄道市営・私設両派と妥協して可決される。

京都市交通局:市電保存館 on WWW

右へ行くと平安神宮の大鳥居や美術館、動物園などがあります。

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伏見線 八条新道 - 七条停車場・踏切南間廃止。 7キロメートルに営業を開始したことが始まりです。

嵐山

今出川線計画をめぐる動き [ ] このうち今出川線構想は一時具体化の動きが見られた。 2月1日 第4回内国勧業博覧会の開催に合わせた旅客輸送を目的に電気鉄道敷設事業を行う為の民営企業として、資本金30万円の株式会社が設立され、専務取締役社長に高木文平が、取締役に大澤善助・・藤本一二・堤彌兵衛が、それぞれ就任。

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京都市が京都電気鉄道株式会社を買収し、京都電気鉄道全線を京都市電の路線として編入。